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日本の看護師の歴史 日本赤十字社

歴史上日本初の看護学校が設立後、次々と看護学校や養成所が設立されました。 しかし看護師の評価は低く、学校が閉鎖に追い込まれたりしました。 やがて歴史でも有名な日清戦争や日露戦争が始まり、 日本赤十字社が結成した日赤看護師達(男524人 女690人)が内地での軍病院勤務で戦時救護に従事し、 女子の日赤看護師達の働きは目覚しく、看護に対する世間の見方が大きく変わりました。 その後日中戦争で本格的に日赤看護師達の活動が始まり、戦地へ派遣され看護活動をしていたのが従軍看護師です。 日本赤十字社の看護師は養成所を出てから、20年間は戦地へ召集される義務を負っていたので、 いやおう無しに日本赤十字社から召集令状が来て出征しなければなりませんでした。 この召集令状は一般兵士と同じ赤紙でした。 出征した人の中には、出産直後で乳飲み子を置いていかなければならなかったり、 夫は国からの召集令状が来て、妻は日本赤十字社からの召集令状が来て夫婦で戦地へ赴かなければならなかったのです。 戦地での看護は自らの命も危険に晒されるものでした。 大東亜戦争中、日本赤十字社は実に約3万人に及ぶ戦時救護看護師を戦地に派遣し、 戦死者は1143名、負傷者は4689名と言われています。 看護師をする上での歴史の中では忘れてはならない事です。

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